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周磨さま
今回は『意志の勝利』の批評について、何か妙な感じがしました。(私は残念ながら、この作品はまだみていません。)
周磨さまは「繰り返すが「意志の勝利」の時点では、映画の中でも現実でも、ホロコースト=ユダヤ民族絶滅政策は存在しておらず、正当性しかないのである。」と書かれていますが、ヒットラーは政権をとるや否や、公職追放や焚書を行って、もう既にユダヤ民族に対する弾圧を始めていました。そのために、ユダヤ系だったアインシュタインやフロイト、(かなり後ですが)奥様がユダヤ人だったダグラス・サーク監督は亡命せざるをえなくなりました。
このようなことは『ニュールンベルグ裁判』や『地獄におちた勇者ども』にも描かれていたはずなのですが、ご覧になられていないでしょうか?
(ヒットラーが政権を取る以前から、ユダヤ人排除を訴えていたことや弾圧については、下のサイトを見てみて下さい。)
http://www.geocities.jp/torikai007/war/1943/race.html
それに、『戦艦ポチョムキン』を批判しているところも気になりました。給食に、蛆のわいた肉を無理やり食べさせられるといった、畜生以下の扱いを受けた人々が仲間を殺されたことでいかりを爆発させることをもって、虐殺を肯定したというのは、いかがなものでしょうか?この様なことをいったら、『忠臣蔵』や『スパルタカス』の様な作品も大虐殺肯定映画になってしまうのではないでしょうか?また日本の刑事ドラマでは、犯人逮捕の場面で、刑事が犯人を「この蛆虫」「このゴキブリ」といって袋叩きにするようなものがゴマンとあります。こういった作品も大虐殺肯定映画なのかということになってしまいませんか?
こういった作品について書く際は、私自身への自戒もふくめ、もう少し慎重になってもいいのではないでしょうか?
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